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父の辞書

いつからか⋯。私の本棚に在る、父の辞書。
昭和十六年三月十日、定価一円二十銭とある。
先の大戦の直前、長兄誕生の年である。
表紙は戦後に補修したのだろうか、何故か、
クレヨンの空箱で力バーされている。
裏表紙に名残の(12colours)の文字が見える。
父は日本橋に在った小さな商社に勤めていて、
母と所帯を持って直ぐのことだろう。
その後戦争が始まり二度の召集と苦難の時代を越え
戦後の新生活の中 私は生れて来た。
この辞書はその間も一所懸命に生きた父に寄り添い続けたのだろうか。
74回目の春を迎えた父の辞書を今は引く事も無いが、
いつも本棚の片隅で また新しい春を見つめて生き続けるだろう。

布施明